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商品化されない次世代ロボット

※お断り 本稿で「ロボット」とは、すでに大量の商品化実績がある産業用マニピュレータのような非人間型ロボットではなく、個体として人間と共存することが想定されている人間型に近い次世代ロボットのことを指します。

10年たってもブレイクしなかった次世代ロボット産業

1996年にホンダが二足歩行ロボットP2を発表したときは、企業が本格的にロボットの開発に乗り出したので数年後には商品となって世の中に出てくるだろうと期待した人も多かったに違いない。しかし、それから10年たった今、日本の大企業が手広く販売しているロボットは存在しない。
複数の要素技術からなるロボット開発には技術のすり合わせが必要で、日本のものづくりの力が如何なく発揮できると言われていた。にもかかわらず、なぜこのような状況になってしまったのだろうか?
ハードルが高すぎるというのが最も理解されやすい答えである。これに対して、次世代ロボットの開発という企画の立て方自体に問題があるというのが本稿の骨子である。

専門家が描くビジョンの盲点

技術の専門家が描く未来予想図には、ある技術が成熟して普及しきった姿が描かれていることが多い。(どの家庭にも通信端末を兼用する大型の薄型テレビがあるのは、もはや伝統芸と言って良いであろう。)ロボットの未来予想図の場合も、一家に一台家事手伝いとコミュニケーションをこなす万能型のロボットがある将来像が描かれるのが普通である。
しかし、それらのロボットは当初は性能が低く、万能とは言えない水準にあったはずである。そのような状態から普及に至るまでを牽引する商品力は何だろうか?こう問われて説得力のある答えを返せる専門家はまれだろう。ロボットの専門家は普通ビジネスの専門家ではないので、商品戦略的なことにはあまり首を突っ込んではいない。

「ロボット」という商品の特殊性

次に、ロボットの商品性そのものについて再検討することにしよう。
19世紀末にリュミエール兄弟が製作した手回しカメラは、不思議な製品である。何しろ、映画もテレビもまだ世の中にないのだ。「現場記録装置」とでも呼ぶしかない。どこの店にも並べようがないこの装置を改良して売るよりも、「映画」を発明することを彼らが選んだのは賢明である。
ロボットというのは、この「現場記録装置」と似たようなものである。実はロボット単体では商品として成立しにくいのだ。ロボットを使って実現する「映画」にあたるサービスと対になってロボットは発展していくのである。

やるべきことは何か

こう考えると「次世代ロボット開発」という言葉遣いはどことなく外しているように感じられるだろう。また、ロボットの用途開拓が必要という指摘も必ずしも的を射ていない。「現場記録装置」たる手回しカメラは火災のような事件の記録用に使えただろう。あるいは芝居小屋に持ち込んで演劇を記録することができただろう。しかし、それらの映像を編集するとまったく新たな「作品」となることに誰かが気づいたとき、真の意味で「映画」は誕生したと言える。これは装置の用途開拓ではない。必要なのは新たなサービス概念の発明である。そして、この新サービスへの期待こそが、未熟な装置の発展を促すものなのである。

「映画」にあたるものは何か

手回しカメラに対する「映画」にあたるものを発明できなければ、このロボットのブームもしぼんで行くだろう。私自身は、ロボットは架空・実在・時代を問わずに任意の人物を再現する装置だと考えている。この、ロボットによる再現をベースにしたある種のメディアが「映画」にあたるものである。このようなことを考えながら、複合現実を利用してロボットに人間の外観映像を合成するシステムの研究開発をしてきた。これで「映画」の尻尾を捕まえたと自分では思っている。おそらく私と同じようなアプローチで違う「映画」にたどり着いた人もいることだろう。この先数年でそれらが徐々に現れてくるに違いない―そう思ってから既に数年が過ぎた、というのがこの話の落ちである。

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最終更新時刻2007 年 08 月 02 日,10:22 PM